あのときの

1995-08-19

[]堤防の上

茂木蓉子 小学6年生 1995-08-19 17:00

お母さんにお兄ちゃんの働いてるとこ見たいと言ったら、「花火大会なんて人混みに蓉子を連れていけないわよ」と言われてしまいました。だけどお兄ちゃんの彼女数美さんが「準備の時ならそんなに混んでないと思いますよ。なんだったら、私が一緒に行きますけど。」と言ってくれたので、お母さんは渋々許してくれました。


この時間になると、暑さも和らいでいい風が吹いてきます。

菊待川の堤防の上から今夜の花火打ち上げ場を眺めていると、数美さんが声をかけてきました。

「ほら、あそこに数樹いるじゃん。」

私もお兄ちゃんを探してたのに、先に見つけられてしまったようです。なんかくやしい。


お兄ちゃんは、せわしく働いています。と思ったら、周りの人に2,3度頭を下げて、こちらに駆けてきました。

「先輩に『彼女が来てるぞ』って言われちゃったよ。」

「あはは、ごめんね。」

「いや別にいいんだけどさ、こっちこそごめんな、蓉子のお守りさせて。」

「いいよいいよ別に、仲良しだもん──」

ねー、と顔を私に向けて言います。

私は返事はせず一度うなずきました。


「お兄ちゃん、つかれた?」

「今からが本番なんだから、疲れてる暇なんてないよ。」

そういって私の頭をグシャグシャと撫でてくれました。

「よ、男前っ!」

「おうよ、まかしときな!」

そんなふうに二人は軽口を交わして、笑っています。

「今夜は蓉子に聞こえるようにでっかい花火上げてやるからな。」

上河原煙火店」と染め抜かれた法被の襟を正しながら、お兄ちゃんはそう言いました。なんだか誇らしげです。

「新米さんがあんまりいばらないでくださーい!」

「うっせーよ、お前は。んじゃあ、もう戻るわ。蓉子気ぃつけて帰れよ。」

和美さんと私にそんな言葉を残して、お兄ちゃんは行ってしまいました。

帰りに、ぽつぽつと出はじめていた夜店で数美さんが風船ヨーヨーを買ってくれました。

オレンジ色に青の水玉模様のヨーヨーは、ボヨンボヨンと音がしました。

[]上河原煙火店にて

上河原文昭 中学3年生 1995-08-19 20:00

いま僕はじいちゃんの家にいる。じいちゃんの家とはつまり「上河原煙火店」だ。

うちの父は次男で、普段は実家仕事には関わらないのだが、今日ばかりは話が別だ。一年のうちの一番の大仕事菊待川花火大会の日なのだから。

仕事を終えて戻ってくる職人さんたちをもてなすため、うちの母も支度に追われている。

僕もしょうがないから一緒にじいちゃんの家に来ているのだ。


支度も一段落したので、なんとなく工房へ行ってみることにした。

火薬の匂いが懐かしい。何年ぶりだろうか、小さい時は時々入れてもらっていたっけ。

工房の中央に見慣れた形のあれが転がっていた。

なんでこんな所に? そう思って手に取ると、表面に文字が書かれていた。

え……? これって、ここにあっちゃまずいんじゃないのか?


母屋に戻り、松村?さんに見せる。松村さんは中堅の職人だが、ここ一週間ほどぎっくり腰で寝込んでいたのだ。毎年現場に出ているのだが、今年はこっちの支度を取り仕切っていた。

文昭くん、こりゃあまずいぞ」

松村さんの顔色が変わる。

「僕が自転車でとどけます!」

今日は車が全部出払っているし、あったとしても松村さんは腰が悪い。花火の混雑なら自転車のほうが早い。そう考えて咄嗟にそう言ってしまった。

「すまん、頼むぞ。」

その声を背中に聞いて、僕は家を飛び出した。全く、僕も結局上河原煙火店人間だってことか。

[]橋の手前

上河原文昭 中学3年生 1995-08-19 20:45

http://school-days.g.hatena.ne.jp/extramegane/19950819/p4


「嘘だろ?」

そんな言葉が口をついて出た。


菊待川橋の手前、ママチャリのかごには大事な大事な革バッグ。

一刻も早く川向こうの河川敷までこれを持ってかなきゃならないのに。


橋の上は、絶望的な混雑だった。車道歩道も人と車で溢れ返っている。

大橋*1の完成が遅れたからだ。本来なら親水公園*2でやるはずだったのだ、今年の花火大会は。


時間は? 残り15分。

この橋を渡って、現場まで、いけるか? 行かなきゃ。

僕は、チャリを乗り捨てた。

1995-07-17

[]ターンのしかた

松野敬久 小学6年生 1995-07-17 16:30

「じゃ敬久アンカーな。」

「え、ちょっと待てよ、おれターンできねぇぞ。」

「そんなん、みんなそうだって。一番タイム早いの敬久じゃん。よろしくな。」

「おい、ちょっと待てって。」


どうすりゃいいんだよ。失敗したらぜったいなんか言われるしな。

あ、あそこにシンペイいるじゃん、あいつ水泳習ってたよな。「おーい……」

やっぱやめた、隣のクラスの奴らと一緒だし。クラス別れてから話してないんだよな。

とりあえず帰るか。あーあ、なんかリレー嫌になってきた。

にしても暑いな、しばらく天気が続くってテレビで言ってたっけ。リレーの日雨降ればいいのに。

あれ、あそこにいるの河上だよな、今日茂木といっしょじゃないんだ。

そういえばあいつ泳ぐのうまかったよなあ、俺もあいつみたいにきれいに泳げればいいんだけど。

「なあ、河上ぃ」

呼び止めると、なんかびっくりしてこっちを振り返った。俺そんなに大きな声だったかな。近づいてみると、なんか顔が赤い。日焼けすると赤くなるタイプなんだな河上は、うちの母ちゃんもそうだ。

「あのさあ、河上さあ、次の水泳の時間、リレーがあるじゃんアンカーなっちゃったから50メートルなんだよ。うまいターンのしかた、教えてくんない?」


http://school-days.g.hatena.ne.jp/extramegane/19950717/p7

1995-07-16

[]

上河原文昭 中学3年生 1995-07-16 17:23

なんなんだ、あいつは。何でこの時期に男と遊んでられるんだ田上は。

前から田上が歩いてくるのが見えたから声かけようとしたのに、あいつは僕に気付かず松野っていう家に入っていった。その家の前を通り過ぎる時確かに聞いた。「遅かったじゃん」間違いなく男の声だった。

あいつに勝つためにおれは勉強してたのに、こないだの期末テストでやっと勝てたのに。男と遊んでて点数落ちたのか?だったら僕の学年一位なんて意味無いじゃないか。翠明落ちるぞそんなんじゃ。


あーもう、やだ、こんなこと考えるのやめ!

ほんとにどんな奴なんだろうな、松野って。


http://school-days.g.hatena.ne.jp/jalam/19950716/p1