春狩(仮題)

1992-07-08

[]バイバイバイク

1992-07-08 00:28 田辺昌也 小学5年生

負けたー。

タダッチはおでこにタンコブ。うわー。マンガ見てー。

アッチャンは鼻血が出てる。ちょっと涙も出てる。

イチバは柵に座って、顔が見えない。タイマンでは橋本に負けてなかったイチバは、俺たちがヤラれて3対1でボコボコにされた。

「強いのぅ5年坊。でも囲まれたらどんな強くても勝てんやろ」

「……タイマンなら負けてない」

「ほたら、わし1人ん時狙ってこい。でも最初に勝ったのはわしじゃから、2回目以降はレート下がるけどのー」

憎たらしい言葉を残して、橋本は去った。

みぞおちをヤラれて動けない俺は、口だけ動かした。

「イチバ、見える?」

「いやまだ」

何も言うことがなくなった。みんな喋らなかった。

負けるのはよくあるけど、こんな雰囲気は初めてだった。

アスファルト冷てー。星すっげー。

思っても、口に出せない。なんかもっと言うことあるはず、って探しちゃう。

明日、イチバは転校する。

同じ県内だけど、荒川の向こう、行ったこともない遠くへ。

そのへんの雑草に八つ当たりしてたタダッチが、柵の上に立って言った。

「ベンチの上、なんかあるぞ」

展望台のベンチには、ちょっとした屋根がついていて、高さとか形がみんな違う。芸術らしい。昔よく昇って遊んだ。その中で一番高い屋根の上で、笹の葉が揺れていた。

アッチャンがちょっと笑った。

「笹じゃん。なんか、ようけ短冊がついとるな」

「そいや、和泉さやかが言うてたよな。『天の神さまからよう見えん願いはかなわーん!だから高いとこで願わんとあかーん!』て」

「誰か真に受けたんかい。確かにここがいっちゃん高いやろけど」

タダッチが「見てやろう」とベンチに昇ろうとする。

「やめとけ」

振り返らないでイチバが言う。

「悪趣味やろ」

「もう遅ーい。昇ってまうもーん」

その時、アスファルトを唸り声が伝わってきた。

体を起こす。

「きたでー!」

柵に駆け寄る。タダッチもアッチャンもやってくる。

「ほんまか?」

「何も見えんぞ?」

国道に目を凝らすと、カーブを曲がって、ヘッドライトの集団だ。

「きた」

暴走族だった。エンジン音が鳴り響いた。

ゆるみそうな口元を必死で抑えて、にやっと渋い笑顔に見えるよう気をつけた。でもみんなゆるゆるして、多分僕もそうで、あんまり意味がないのかもしれなかった。

誰かがポツリと言った。

「かっこええなぁ」

ずっと遠くを、暴走族は走りぬけた。あれ?もう?ってくらいあっけなく。心臓はすごくドキドキして、体中のアザがジンジン痛かった。

エンジン音が遠ざかっていく。もう光は見えない。かすかに音だけが聞こえた。

同じくらいかすかに、イチバが言った。

「強くなろうな。俺おらんでも負けんな」

タダッチがにやっと笑った。

「イチバも1人で負けんなや」

「夏休みにはチャリのって行くで、それまでにイチバンなっとらな笑うで」

「ぬかせ。泣き虫アッチャンがぁ」

「泣いとらへんわー!」

そんでイチバは、かっこいい笑いでにぃと笑った。引越しが決まって始めて。

俺はまだそんな風にかっこよく笑えなくて、にやっと笑って、早くバイク乗りてーなーとか思っていた。そしたら遠いところなんてないのに。